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高山右近没後400年記念事業紹介

高山右近ってどんな人?

 安土桃山時代の優れた武将であり、茶道にも通じた教養人で、かつキリスト教に帰依した熱心な信者でもあった高山右近(1552~1615)は、現在の豊能町高山の地で生まれ、幼少期を過ごしました。1573年、21歳で父・高山飛騨守から摂津国高槻城主を引き継ぎ、1585年には明石城主に移封されました。1587年、豊臣秀吉のキリシタン布教禁止令により、明石城主を捨て、キリシタン信仰を貫き、小西行長の領内小豆島に隠れ住みました。1588年、キリスト教を辞めれば領土を与えると言う秀吉の勧めも峻拒し、前田利家預かりとなります。1614年、徳川家康の大禁教令により、右近等一行148名はフィリピン・マニラに追放となり、翌1615年、マニラで没しました。
(※高山右近没後400年記念実行委員会作成寄付金募集趣意書より抜粋)

 

2015年は高山右近没後400年

 2015年は高山右近没後400年の年となります。豊能町、豊能町観光協会、豊能町観光ボランティアガイドの会、高山自治会、ならびに豊能町ふるさとおこし協議会は、「高山右近没後400年記念実行委員会」を立ち上げ、生誕の地・高山で、年間を通して高山右近を顕彰する様々なイベントを催す予定です。

 

当委員会の活動の一環として、高山右近志野夫婦像が建立されました。

 豊能町は古くより石の町として知られており、品質の高い黒御影石を全国に供給してきました。実行委員会では、この町特産の御影石を使って、高山右近夫婦の石像を建立しました。
 高山右近は言うまでもなく、右近の妻・高山志野(ジュスタ)も豊能町余野の出身であり、夫婦そろって豊能町が生んだ人物であることをこの石像によって全国に発信します。

『右近石造』の画像

 

高山右近顕彰記念事業のために、実行委員会に直接、寄付をいただいた方を紹介します。(敬称略)

※ 情報公開に同意をいただいた方のみ紹介しています。
※ 本事業のために豊能町ふるさと寄付をしていただいた方については別のページで紹介しています。

団体または法人   個人
(有)かめたに 石田 眞 甲田 廣行 塚崎 勝
喫茶店マナ 山代谷 稲尾 佐和子 下野 弘文 新原 章弘
昭和不動産 榎谷 靖司  須藤 穣 西川 隆夫 
 (有)だいやす 尾崎 茂 須藤 絹枝  速水 一美
滝沢整形外科 滝沢 克彦 尾崎 重喜 高木 武士 伏本 利彦 
豊能町観光協会 寒谷 功 高橋 良一  堀野 正彦 
箕面山 龍安寺 岸上 正子 立石 美佐子 水谷 秀志
山口食品(株) 岸本 修武 田中 憲治 光家 尚 
  木野 稔子 谷藤 逸子 向井 隆

 

 

 

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは秘書政策課です。

本庁舎2階 〒563-0292 大阪府豊能郡豊能町余野414番地の1

電話番号:072-739-3413 ファックス番号:072-739-1980

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  • 【アクセス数】
  • 【公開日】2015年6月1日
  • 【更新日】2015年8月28日
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